俺はこんな人生を望んでいたのだろうか?
数年前の不況をかろうじて脱したようではあるが、業界では中堅どころとはいえ、所詮は中小企業の彼の会社は
いまだに年末のボーナスの支給のめどさえ立っていないようであった。
何人かの仲間は、リストラされ、何人かは会社を見限って辞めていった。
パラサイトか、、、サラリーマンは会社の寄生虫か、、、
数字の実績を上げられない社員は、会社のパラサイトだと思え、、、朝礼の際の上司の叱咤が身にしみた。
何よりも意欲が涌かなかった、10年前に入社したときはもっと希望に溢れていた、、、
それなりに能力を認められ、大事な仕事も任されるようになってきていた、、、、
しかし、リストラの嵐が吹き荒れた5年前を境に、彼のうちの大きなものが壊されてしまった。
彼に仕事のイロハを教えてくれたシゲさんが定年をはるか前にリストラされた。
穏やかで、辛抱ずよい人だった。
よく喧嘩もしたが一番気のあった武司も、リストラされた。
埼玉にマイホームを買ったばかりの彼にはかなりのショックだったようで、何軒もヤケ酒を付き合った。
会社は、ひたすら沈黙を守った。
彼も、ヒューマニズムを振り回して会社を非難するほど若くはなかった。
会社には会社の生存理由があるのだろう、、、
ただ何かが違う
今は少々経済が持ち直したというが、中国かアメリカの経済が一寸よれたら又何時不況の嵐が襲うとも知れない
そのときは俺はもっと年をとっている、将来の可能性は加速度を増して狭まってくるだろう
見限って飛び出していった先輩連中がこぼしていた、現実の悲惨さが身にしみてわかる気がした
勤める以外に、人様に雇ってもらう以外に生きる道はないのだろうか?
2ヶ月という短期の出張であったが、数年前訪れた東南アジアの関連会社の風景が思い出された。
抜けるような青い空だった、真っ青な海に熱帯植物が鮮やかな色を添えていた。
明るい娘たちの笑い声と、柔和な現地のスタッフたちの顔が蘇ってきた。
たどたどしい英語で、やっと意思の疎通が出来るようになった頃に、日本にもどらなくてはならなくなった
俺の人生で何度あのようなおだやかで、満ち足りたときがあっただろうか?
あのような風景にこの後の人生で何度めぐり合うことが出来るだろうか?
もうよそう、新しい人生を踏み出そう。
どうせ一度しかない人生だ、今ならばまだ間に合うだろう。
このようにして彼は、弊社の講座を選択したのです。